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緑茶の味と環境問題 ―農地における窒素溶脱問題の食環境学的アプローチ―


白杉 直子 (しらすぎ なおこ)
神戸大学大学院総合人間科学研究科 ニューズレターNo.15 (2005年7月号) より


チャ (ツバキ科) の新芽 (5月) と花 (11月)

一見、何の関係もなさそうな緑茶の味と環境問題。食生活が生み出す環境問題として研究室で取り組んでいるメインテーマである。植物の必須元素である窒素。先進諸国では農作物の生産性を上げるため過剰量の窒素肥料を農地に施している。なかでも日本はOECD諸国平均の4倍を超す量の窒素を投入している。しかし、植物に吸収される窒素は50%に満たない。土壌中の残りの窒素は、硝酸 (NO3-) の形で地下水など周辺水系に溶脱し、窒素汚染の原因となる。硝酸濃度の高い水を、特に乳幼児が摂取すると赤血球の酸素運搬能力を妨害するメトヘモグロビン血症を引き起こす可能性がある。我が国においても地下水の窒素汚染は全国的に進行しており、その原因のひとつが農地への多施肥 (肥料の与え過ぎ) である。余剰窒素は、地表からCO2より遙かに高い温暖化効果をもつ一酸化二窒素 (N2O) としても大気中に放出される。過剰な施肥は地球温暖化にも影響を与えているのだ。

緑茶が好きな私は、日がな一日愛飲している。甘味、渋味、まろやかさ、爽快感。緑茶の持つ味は一通りではない。昔から茶栽培においては、肥料をたくさん与えるとうま味・甘味のある品質のよい緑茶ができるとされてきた。茶樹は、普通の植物なら生育障害を起すような多量の肥料を与えても、吸収した窒素をテアニンなどのうま味成分に変えて根や葉に蓄える特異な生理作用を持つ。そのため茶の栽培は多施肥になりがちである。しかし、過剰な施肥は植物としての抵抗力を弱め、農薬の助けがなければ茶樹は立っていられない。もちろん、多施肥により引き起こされる茶園の窒素溶脱は環境保全の立場から解決が求められる問題である。

環境問題解決のキーワード「発生源の抑制」の観点から、われわれは肥料の効き方が緩やかである有機質肥料を施す有機栽培に着目した。近年消費者が安全・健康のイメージで関心を持つ有機栽培であるが、茶園の窒素溶脱に対し有効な対策となっているのかいないのか? 一言で有機栽培といっても、有機質肥料の種類や量、茶樹の品種の違いなどにより状況は様々だろう。ありがたいことに環境意識の高い茶農家や、緑茶飲料・抹茶メーカーの協力を得て、長年有機栽培を実践している茶園を研究のフィールドとして提供して頂いている。

有機栽培の緑茶はうま味が少なく苦渋味が勝ることが多い。肥料を減らせばなおさらであろう。環境に負荷を与えない栽培でできた有機栽培茶は、果たして消費者に広く受け入れられるのだろうか? こちらも興味ある問題である。

昨今の緑茶ブームは、若い世代に緑茶のよさを知ってもらえる意味で嬉しい現象だ。そんな今、消費行動が問題解決の鍵を握るという視点から、緑茶の味に対する嗜好性を視野に入れながら、環境と文化とのせめぎ合いを見ていきたい。

Updated: 2009/06/25 (Thu) 17:42