RISC-Linz研究所訪問報告
白倉 暉弘 (人間発達環境学研究科 教授)
神戸大学に赴任して33年、前任校を加えると38年目、2009年3月31日、人生の大きな節目を迎えることになった。長くもあり短くもあり感慨ひとしおの大学人であった。赴任早々から自然科学研究科の新設に始まり、教育学研究科、発達科学部、総合人間科学研究科、自然科学研究科再編、人間発達環境学研究科と大学改革の連続で、私自身7回も個人審査を受けてきた。最後の7年半は人間環境学科長・専攻長に任じられ、学科・専攻に関わる業務負担も加わり、緊張の連続で気が休まる日がありませんでした。最後の1か月になった3月上旬、そろそろ身の回りの整理に取り掛かろうとしていたころ、靑木研究科長からオーストリアへの出張要請があり、任務の内容からも引受けることにした。以下は、その報告で私の最後の仕事である。
人間発達環境学研究科では、平成20年度大学教育の国際化加速プログラム (海外先進教育研究実践支援) (教育実践型) による事業を展開した。その成果として、オーストリアのヨハンネス・ケプラー大学RISC-Linz研究所 (Research Institute for Symbolic Computation) との大学院学生交換交流協定を締結することができた。私は、その協定締結を受け、研究科長代理としてRISC-Linz研究所を訪問し、これから神戸大学が派遣する大学院生のRISC-Linz研究所における研究環境を調査し、そのことを研究科長に報告する任務を遂行した。
今回の出張は、極めて強行日程となった。3月25日の午前10時20分に関西空港を発ち、29日朝には帰国するように日程を組んだ。LinzへはFrankfurtからのフライトで行く予定であったが、Frankfurt空港に到着してみると、Linzへのフライトが欠航になった。機体整備の問題だったので、それを事前に回避することはできなかった。急遽、ルフトハンザのカウンターで交渉し、Frankfurt-Wien、Wien-Linzのフライトに変更したが、当初の予定より5時間遅れ、日本を発ってから24時間の行程となった。
RISC-Linz研究所は、Linz市内から20Kmほど離れた村 (Hagenberg) にある。地域の小さな古城であったが、使われずに荒れ果てていた城に最新のコンピュータ環境を導入し、数式処理研究の拠点として1987年に設立された研究所である。研究所の入り口近くには、設立当時の工事の状況を撮影した写真が展示されている。貴重な遺跡が最大限保存されてきた工程が一目で理解できる。ヨーロッパの小さな城の外観と静かな森,研究所の中は整備されたコンピュータネットワークがあり、外観と内部のミスコンセプションを感じる。しかし、それが共に、この地で研究する学生達には、どちらも重要な環境であることも感じた。
RISC-Linz 研究所では、Franz Winkler所長をはじめ、主要メンバーと会うことができた。Franz Winkler所長には下手な私の英語にも親切丁寧に答えていただき、親しみを感じさせる人であった。所長と助手の方とランチを共にしていただいた。ランチのスープは味噌スープであった。ヨーロッパの人達には、日本の味噌が健康食として受け入れられているようである。そして、メインの料理は、ウィンナシュリンツェルというものであった。これは日本で言えばトンカツに似ているが、大きく、味が少し違うものであった。学生交流協定で RISC-Linz 研究所に来る学生達には、ちょうど良い食事となるであろうと感じた。
ホテルは、ドナウ川に沿ったLinz市内にとった。Linz市はオーストリアの首都ウィーンとモーツアルトの生家地で有名なザルツブルグのほぼ中間に位置し、オーストリア第3番目の都市である。都市といっても人口は約19万人、街全体はこじんまりとして、古きヨーロッパの建物と新しい建物が共存し、静かで空気はクリスタルのように澄みわたり大変美しい街である。街の中心を”青き”ドナウ川が流れ、夜には、現代芸術博物館がライトアップされ、ドナウ川の河辺に、前衛的な光景を醸し出していた。ヨハンネス ケプラー 大学名で分るように、天体の運行法則に関する「ケプラーの法則」で有名な、ヨハネス・ケプラーの縁の地である。街の雰囲気は学生交流協定で RISC-Linz 研究所に留学する学生達にとっても気分をリフレッシュさせ、勉学に集中できるこのうえない環境であると感じた。
RISC-Linz研究所で、私が調査した学生の研究環境について、印象に残ったいくつかのことを報告する。まず、印象に残ったのは、研究所内の学生スペースの作り方である。アメリカの大学のように、広いスペースがあるとは言えない。むしろ、日本より狭いくらいである。しかし、そのスペースをガラスや鏡などを用いて落ち着いた空間として設計されている。さらに、研究所の壁には、絵画や彫塑など、芸術的な装飾が多く施されていた。
近年日本では、建物が画一的に建築され、何か潤いがないことを考えると、このようなスペースの使い方に落ち着きを感じた。また、ネットワーク環境は、光ケーブルとの接続と適切な設定がなされており、使用環境も快適であった。ネットワーク接続に関しては、テクニカルスタッフの配置もよく、やはり人的な支援が日本より配慮されていることを感じた。研究雑誌の書庫もあり、論文を検索し、それを静かな森で読む環境を学生が享受できることのすばらしさを実感することができた。
帰国時、機内から見た Linz 市の景色は、雲一つなく南側に遠くアルプスの山々が横たわり大変素晴らしかった。オーストリアは美しい国であった。
Updated: 2010/04/09 (Fri) 11:39