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ヒト、生物学、科学


高見 泰興

(所属: 人間環境学専攻 環境基礎論講座、研究分野: 進化生態学)

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サイエンスカフェの様子 (伊藤真之先生撮影)

私たちヒトは生物である。しかし、一般のヒト達は生物のことをどれだけ知っているだろうか? 高校までの理科科目には「生物」が必ず含まれているのに、卒業生たちの現実はそう甘くない。以前、私よりずいぶん年上の知人に、「生物が生きて動いているのは、さまざまな物質が化学反応を繰り返している結果です」と言ったら、「ええっ!そうなの!」と真顔で驚かれたことがある。科学を超えた存在を信じる心を否定するつもりはもちろんないが、科学教育の現実について考えさせられた出来事であった。そのようなこともあり、私はこの一年で何度か生物学の啓蒙活動を行った。ここではその内容についてご紹介したい。

2009年2月26日に、「持続可能な男と女」と銘打ったサイエンスカフェで話題提供をした。このカフェの目的は、男女差別の無い社会について一般市民が情報交換と議論をすることである。人間社会での差別を生む原因の一つとして性別があることは、歴史的にも明らかである。そのため、性を区別すること自体が悪であると考える人もいる。しかし、ヒトが生物としての性というしくみを備えることは事実である。私は、もし性差別のない社会を作ろうとするならば、問題の根源にある生物としての性を無視するのではなく、むしろ直視し理解することが必要であろうと考え、「性の起源と進化」という話をした。個体間で遺伝子を交換する性というしくみが、もともとは変動する環境下で生きのびるために有利であったと考えられること、そして性のしくみができると、子への物質的投資がアンバランスになり (小さな精子と大きな卵)、繁殖をめぐる争い (性淘汰) を通じて性差が進化したことを解説した。同席された社会学の先生の話題は私のものとは対極的であったが、それぞれの話題を元に時間が足りないほど活発な議論が行われたのは幸いだった。

その後、西宮市男女共同参画センターの市民講座で同様の話をする機会を得た。暑い盛りの8月5日に、40名ほどの参加者に対して1時間半ほどのトークを行った。前回の話題に加え、「ヒトという種全体を眺めれば男女の違いは確かにある、だからといってそれを元に個人が差別されて良いはずがない」というメッセージを伝えた。参加者の中には、生物学や科学そのものを「胡散臭い」「邪魔」と考える方もいて驚いたが、大多数の方には伝わったようだった。性の進化を知ることが性差別の解消に直接つながるとは思わないが、市民が科学的知識を身に付け、自分で考えるためのきっかけになるようであればと思った。

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昆虫の体の作りを解説中
(岸田壮平氏 (海南高校教諭) 撮影)

私の専門は性の進化だけではなく、昆虫を用いたさまざまな研究をしている。8月18日には、和歌山県立海南高等学校の2年生18人を神戸大に迎えて、昆虫の比較形態学の講義と実習を行った。比較形態学の基本的な解説の後に、あらかじめ採集・冷凍しておいた20種の昆虫を、自ら触り、つまんで動かし、顕微鏡で拡大して観察・比較するという機会を提供した。スーパーサイエンスハイスクールで生物学を学ぶ生徒であっても、多くのナマの昆虫に触れることは初めてのようで、最初はおっかなびっくりであったが、次第に慣れてわいわいと実習を楽しんでいた。まとめの時間にはなかなか鋭い質問も出て、実物に触れることが発想や理解にいかに大切であるかを改めて感じた。

ヒトは生物であるがゆえに、他の生物に対して興味や嫌悪感を感じやすいような気がする。市民が科学を理解するうえで、良くも悪くも生物学がその心に入り込むきっかけになればと思う。

Updated: 2010/07/23 (Fri) 13:22