秋の七草を畦に探す
丑丸 敦史
(所属: 人間環境学専攻 環境基礎論講座、研究分野: 植物生態学)
私たちの研究室では、これまで宝塚市西谷地区の里山地域で棚田の畦に暮らす植物たちを対象に研究を行い、地元の方々へこの地域の棚田の豊かさを説明する講演を行ってきました。ここではどのような発見があり、どのようなことを地元の方へお話してきたのか紹介します。
研究の背景
里山では人によるさまざまな働きかけ (管理) が半自然的な環境を創り出してきました。例えば、田畑の畦では定期的な草刈りや火入れがおこなわれ、畦上に草原環境が維持されてきました。畦に植物が生い茂ると田に陰をつくってしまうし、稲に害をなす昆虫や菌類が増えてしまいます。また、かつては畦上の草は刈り敷き (水田への肥料) や馬草、薬草として利用する貴重な資源でした。そのため畦は恒常的に管理されてきたのです。この畦上の草原には森林では暗すぎて暮らせない多くの草本類が生育しています。日本は非常に雨の多い国なのでほうっておくとどこでも森林化してしまい、自然草原は河川敷や高山など極限られた環境にしか成立しません。そのため、里山の周辺に維持される畦などの人工的な草原環境を生息地とする植物は多く、万葉集で歌われた秋の七草もそういった植物なのです。しかし、高度経済成長期以降、各地からこのような草原環境が失われ、かつてはどこでもみられた秋の七草のうちキキョウやオミナエシは多くの都道府県で絶滅危惧種に指定されてしまうまでになってしまいました。何故、キキョウやオミナエシは減少してしまったのか?私たちはキキョウやオミナエシの畦上の分布を調べることで明らかにしようと研究を続けています。
新発見と地元への還元
宝塚市西谷地区の棚田の畦に咲くキキョウ
私たちは伝統的な棚田が多く残る西谷地区の畦を約170km踏査し、キキョウやオミナエシを含む多くの絶滅危惧種の分布を調べました。その結果、この地区では非常に多くの絶滅危惧種がみられること、その分布が伝統的な棚田の上部や林縁 (畦のように草地管理された場所) などの土壌が貧栄養な場所に集中していることを発見しました。一方で、棚田の上部や林縁は高齢化がすすむ里山地域では耕作放棄されやすく畦の管理も放棄されやすいこと、農地の集約化をめざした圃場整備によって絶滅危惧種の好む貧栄養な環境が破壊されてしまっていることも明らかにし、これらが絶滅危惧種を減少させる要因となっていることを見い出しました。私たちの発見は、現在日本の課題になっている里山での絶滅危惧種保全に対して「放棄されやすい伝統的棚田の上部を何らかの形で維持管理できれば効率的に絶滅危惧植物を保全できる」という新しい視点を与えてくれます。
私は、これまで2度、西谷地区で地元の方にお話をさせていただく機会を得ました。これらの講演では、「西谷地区の棚田における絶滅危惧種の豊富さ」や「なぜ西谷地区でみられる絶滅危惧種は他地域で減少し続けているのか」について話をさせていただきました。地元の多くの方々は、これらの絶滅危惧種を日常的に見ているため貴重であるという認識はもたれてません。講演では、微力ながらも西谷地区の里山の素晴らしさ・稀さと、キキョウなどの絶滅危惧種の保全が如何に大切かを伝えようと努力してきました。また講演の縁もあり、現在は西谷地区に設立された兵庫県立宝塚西谷の森公園の管理運営協議会のメンバーに加えていただいております。今後も同様の活動を通じて、里山において人と生物の関わりを守ることに貢献することを目指します。
- 講演詳細
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- 西谷環境サミット『西谷の畦にくらす貴重な植物達』 2008年2月
- 西谷自然学習会『里山の希少種たち―なぜ希少になっているのか?』 2009年3月
Updated: 2010/07/23 (Fri) 13:21