「神戸」とファッション文化研究
平芳 裕子
(所属: 人間表現専攻 人間表現論講座、研究分野: ファッション文化論)
神戸ファッション美術館学芸員の百々徹先生による特別講義。
服飾資料の見方・扱い方について解説していただく。
発達科学部F棟の最上階にある私の研究室の窓からは、神戸の港の風景が一望できる。ちょうど六甲山の麓から眺める視線のまっすぐ先にあるのは、六甲アイランドだ。ここには昨年開館10周年を迎えた「神戸ファッション美術館」がある。その名が指し示す通り、同美術館は「ファッション」を中心に収集・展示を行う全国で唯一の公立美術館である。今でこそ、芸術志向の強いファション・デザインの作品や、服をテーマにした芸術作品が美術館で展示される機会は増えたが、同美術館の設立はそのような動向を先取りしていた。それも開港とともに古くから洋服関連産業の発展した神戸ならではである。「ファッション都市宣言」が神戸商工会議所でなされたのは早くも1973年のことであった。
以来、1974年には神戸ファッション・コンテストが開催され、ポートアイランドにはファッション関連企業の集結した神戸ファッションタウンが形成された。1997年に六甲アイランドに開館した神戸ファッション美術館も「ファッション」によって地域・産業の振興を図る神戸市の施策の成果の一つと言える。そして行政のみならず、地元企業やショップなどが多数参画し、年に二回行われる「神戸ファッション・ウィーク」も恒例イヴェントとなりつつある。様々なブランドが出展する神戸コレクションには、若い女性に絶大なる人気を誇る有名ファッション誌のモデルたちが出演し注目を集める。そういった街の活況の傍ら、「ファッション」を大学名に加えた私立大学や、ファッション・デザイン学科を新設した女子大学も登場した。私が神戸大学の発達科学部で「ファッション文化論」を担当するようになったのも五年ほど前のことである。
それでは多くの大学がデザイナーやクリエイターとして「ファッション」を発信する側の人材を養成しようとしている「神戸」において、とりわけ文化としての「ファッション」を研究し教育することの意義はどこにあるのだろうか。実のところ私自身の研究は、実生活のなかで着られる衣服や、毎年めまぐるしく変化する流行そのものを直接の研究素材としているわけではない。もっぱら女性誌やファッション雑誌、日記や物語、歴史書・理論書などを通して、近代社会において「ファッション」と「女性性」がいかに取り結ばれたのかについて研究している。「おしゃれ好き」と言えばだいたい「女性」の姿が想像されると思うが、そのようなイメージがいかに形成されてきたのかということに関心があるのだ。最近は古い時代のテクストに囲まれていることも多い私に、目に見えた社会貢献を考えることはなかなか難しい。
しかし「ファッション」が地域の人々や産業と密接な関わりを形成してきた「神戸」だからこそ、ともすれば実社会では看過されがちな歴史文化研究も更なる意味を持つと思うのだ。今日のファッションをとりまく習慣や常識の多くが西洋の近代に形成されたものであることは、意外にも若い世代にはほとんど知られていない。時には神戸の財産を十分に活用し、美術館学芸員の方々とも積極的に連携しながら、実際の服飾資料の見方・扱い方について講義していただくことも重要だ。おしゃれ好きの学生たち、とりわけファッションならびに関連企業にそろそろ就職し始めた卒業生たちが、近現代のファッション文化に対する深い見識を備えて、「神戸」のファッション産業で活躍し、その発展に寄与してくれることを期待するばかりである。
Updated: 2009/09/24 (Thu) 19:19