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イギリス地方自治の学徒としての「社会貢献」


岡田 章宏

(所属: 人間環境学専攻 環境形成論講座、研究分野: 社会規範論)

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自治体職員との研究会で

私の専門を正確にいえばイギリス法である。聞き慣れない分野かもしれないが、その名のとおり、専らイギリスを対象に、日本とはまったく異なる法のあり方・考え方を、さしあたり地方自治という領域を中心に分析し検討するというのが、基本的な仕事といえる。文化も歴史も違う国のことであるから、入りやすそうにみえて、これが存外難しい。古いものが幾重にも積み重なり過去と断絶することなく、常に緩やかで柔軟な変化をとげてきたこの国のことであるから、眼前に拡がる事実を知ろうとしても、安直な観察などすぐにはねのけられてしまうのである。だから (「だから」というのは、いささか高邁な言い方だが)、社会科学を学ぶ自分としてならば別であるが、少なくともイギリス地方自治 (法) の一学徒として、今の日本社会に直接「社会貢献」をしようなどと考えたことはなかった。とにかく知らないことばかりで、人様に「貢献」するなどと考える余裕はなかったというのが本当のところかもしれない。

実は、そうした姿勢は今もかわらない。ところが、この10年ぐらい、少し状況が変わってきた。「バブル崩壊」後、わが国の地方自治体はどこも財政赤字に苦しみ、そのなかで、PFI、地方独立行政法人、指定管理者制度、市場化テストなど、新しい行政管理手法が急速に導入され始めたのである。通常、NPM (New Public Management) といわれ、民間企業の経営理念を行政現場に導入し、顧客主義に基づいて行政部門の経済性や効率性を確保する手法といわれるものである。そして、これらはいずれも、猛烈な経済の落ち込みが続く1980年代のイギリスで編み出された「苦肉の策」である。「苦肉の策」であるから、当然、矛盾も多く (例えば、「社会的排除 (social exclusion)」の事実は、この手法と密接な連関がある)、また「母国」での批判も強かった。

ところが、日本では、この手法について否定的なことは一切説明されることなく、あたかも財政赤字を克服する「万能薬」のごとく紹介され、一気に受け入れられてきたのである。だからこそ、地方自治の現場では、突然のごとく拡がったカタカナ交じりの新手法にとまどいの声があがることになる。それはいい制度なのか悪い制度なのか、そもそもそれはどういう内容をもった制度なのか、そうした疑問が私のようなところにも次第に寄せられるようになり、ともかく説明しにきて欲しいという依頼があちこちから届くようになった。あえていえば、それが、私のささやかな「社会貢献」の出発点といえる。

おかげさまで、そうしたつきあいはその後も続き、毎月2回程度、多くの地方自治体職員や議員と交流しながら、現場で起こっている様々な問題につき研究活動を行っている。もっとも、NPMが日常的な制度となった今、日本の地方自治、特にその現場の動きに素人である私にしてみれば、教えられることの方が圧倒的に多い。その意味では、こうした活動を「社会貢献」とよぶことはとてもできないのかもしれない。ただ、私としては、だからこそ楽しいし、今後も積極的に関わっていこうと考えているのである。

Updated: 2009/09/17 (Thu) 12:11