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残留孤児に人間の尊厳を


浅野 慎一

(人間環境学専攻 環境形成論講座)

写真
中国吉林省農村における残留孤児調査の風景

大学人が果たすべき最大の社会貢献は、研究と教育である。ところが昨今、研究と教育だけではダメで、どんな社会貢献をしているのか、明らかにせよと迫られることが多い。「私はこんなに社会貢献しています」と声高に宣伝するのは、落選しそうな政治家か、「エコ商品」と名づけた商品を大量に売りさばいてますます地球環境を破壊している経営者くらいのもので、どちらも下心が透けて見え、あさましい。

しかしこのたび、私も自分の「社会貢献」について語らねばならぬ。どうせ語るなら、恥を忘れて大々的に語ってみよう。

私の研究テーマの一つは、中国残留孤児問題である。残留孤児とは、第2次世界大戦時に日本政府によって中国の地に棄民された日本人の子どもたちだ。彼らは戦後も長い間、日本への帰国を許されず、高齢になってからやっと帰国できた。しかし帰国後も、言葉の壁などに阻まれて就職も難しく、政府の支援もお粗末で、苦難の生活を強いられている。私は日本と中国の双方で、このような残留孤児にインタビュー調査をおこなってきた。そしてそこで得られた知見にもとづき、次のような方法で「社会貢献」してきた。

第1は、残留孤児の国家賠償訴訟の支援である。残留孤児は、日本政府のあまりの無責任さ・理不尽さに耐えかね、全国各地で裁判を起こした。そこで私は、インタビュー調査の結果を報告書や論文にまとめ、客観的な証拠資料として裁判所に提出した。また年間に30回以上、新聞・テレビの取材に応じ、コメンテイターとして出演したり署名記事を書いたり、あるいは各地で講演をしたりして、情報を発信してきた。2006年末、神戸地方裁判所は残留孤児の主張を認め、日本政府を断罪する画期的な判決を出した。これはもちろん原告団・弁護団・支援者が一致協力してかちとった成果だが、その中の千万分の一ほどには私の貢献も含まれているだろう。

第2は、残留孤児を育てた養父母、および今も中国に取り残されたままの残留孤児への支援である。残留孤児が日本に帰国して、中国で一人暮らす養父母の生活は本当に寂しくつらい。また日本政府に未だに帰国を認められない残留孤児も、中国にまだ少なくない。私は、こうした養父母や残留孤児にもインタビュー調査をおこない、それについて本や論文を書き、また直接、厚生労働省に電話をかけて交渉し、テレビ・新聞・ボランティア団体とも協力して、問題解決に取り組んできた。数年前、ようやく養父母に対する支援策は若干改善された。また一人の残留孤児の帰国も数年間かかってようやく実現できた。

第3は、地域に暮らす残留孤児の日常生活の支援である。現在、私は「中国残留日本人孤児を支援する兵庫の会」の代表世話人をしている。この会には500人以上の市民が参加し、残留孤児のための日本語教室や生活相談、残留孤児問題を市民によく知ってもらうための写真展や演劇など、多彩な活動を展開している。残留孤児と市民の交流も進み、互いに多くのことを学び合っている。関心のある方はぜひ、インターネットでホームページを検索していただきたい。

ここ数年、残留孤児問題は少し改善の兆しをみせている。しかしまだ全面解決には程遠い。何より日本政府は今もなお、この問題について責任を認めていない。政府の支援策も問題だらけだ。残留孤児が人間としての尊厳を回復する日まで、私は「社会貢献」を続けたい。そしてそれ以上に、こうした私の活動は、一人の研究者として当然のことをしているだけであり、それをわざわざ「社会貢献」と銘打って公表するような恥ずかしいことは、できれば今回限りにしたいものである。

Updated: 2009/09/17 (Thu) 10:14