スポーツ科学の社会貢献
柳田 泰義
(人間行動専攻 人間行動論講座)
「透明中隔腔嚢胞」: 左右側脳室に挟まれた大きい腔。
頭痛やてんかんを訴える方にしばしば発見することがあり、
以前は外力に弱いとされていた。
私の研究はスポーツにおける障害の問題、特に頭部外傷のメカニズムや、軽度な脳震盪による行動・動作への影響、そしてこれらの予防 (教育) であります。
私は1980年から医学部法医学講座において、実際の脳挫傷の発生原因、部位、そして程度を分類し、殴打と打撲の違いによる損傷の違いとその発生機序を説明しました。また、ダミーを用いて実験的に打撃を加えて、その衝撃力や脳内の圧力、あるいは頭骨の衝撃加速度を計測して、脳挫傷の生成機序を実験的に裏付けて証明しました。
私の社会貢献としては、スポーツ科学だけでなく、その分析手法や人間行動の観点を活用して、難解な人間行動を見出すことにあります。
「頭部外傷事例」
ある事例がありました。それは町で酔っぱらった二人がけんかになりました。そのひとりの方は死亡したのですが、裁判になり加害者は相手の胸を押しただけであると主張したのです。つまり、被害者は酔っていたので軽く突いただけで転倒し、自分で勝手に縁石で頭部を打ったと主張したのです。司法解剖となり、その結果、頭部の傷は硬い丸みを持った、たとえばバットのようなものによる外傷と判断されました。結局、街路樹を支える丸太による一撃が死因と鑑定されたのです。
また、ある高校生がアメリカン・フットボールの練習中に激しい頭痛と嘔吐を繰り返し、ついには意識障害に至り病院に搬送され、急性硬膜下血腫で死亡しました。ご遺族も弁護士さんもスポーツによる頭の怪我は専門外であり、解剖学的なお話から説明をし、意見書を提出しました。こういったスポーツ中の死亡事故は詳細に検証され、二度と繰り返さないことが重要であります。米国でのアメフトによる死亡事故は、かつては相当多く、以来ヘルメットの改良や選手への頭部外傷の安全教育、ルールの改正、そして国レベルでスポーツ事故を統括し分析・公表するなどの努力がなされ、近年ではアメフトによる死亡事故は全米でほぼゼロとなっています。スポーツによる死亡事故は仕方がなかったとあきらめないで、発生原因の分析と、防止のための方策と、そしてなによりも防止のために安全教育が重要であります。
「墜落死の鑑定」
高所から墜落死した例が、果たして自殺なのか、他殺なのかの判断を求められたケースがありました。死者の損傷内容やその程度から着地時の姿勢を判断したりしますが、なかなか判断がつきにくく、結局は実験的に検証することにしました。とは言っても高さは4m弱であり、安全のために最大の工夫をして行いました。いくつかトピックスを見出し、論文にしているところです。関連の文献ではダミーを用いたりした論文はありますが、人間を使った報告は皆無であります。
以上のように、スポーツ科学の分析手法や観点などを様々な分野に活かせることは多くあります。従来、工学者によるダミーなど模型を用いての実験が見られましたが、人間を使っての再現は実験の過程において判明する事実も多くあり、しかも説得力ある結果が得られて有効な方法であります。
Updated: 2009/09/17 (Thu) 10:12